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大阪高等裁判所 昭和42年(行コ)22号 判決 1968年3月13日

和歌山市狐島南の丁六〇番地

原告(被控訴人)

北川信治

被告(控訴人)

右代表者法務大臣

赤間文三

右指定代理人検事

北谷健一

法務事務官 江藤邦弘

大蔵事務官 戸上昌則

黒田守雄

右当事者間の所得税賦課決定無効確認請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を取消す。

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。

事実

第一、原判決主文と当事者の申立

(原判決主文)

一、被告国は原告に対し、九万四、二五〇円三六銭を支払え。

二、訴訟費用中、原告と被告国との間に生じたものは同被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

(被告の求めた裁判)

主文と同旨

(原告の求めた裁判)

一、本件控訴を棄却する。

一、訴訟費用は第一、二審とも被告の負担とする。

第二、当事者双方の主張ならびに証拠関係

次に記載するほかは、原判決に記載のとおりである。

(被告の主張)

一、和歌山税務署長のした本件課税処分(再調査決定名義により減額訂正された更正決定)には、これを無効とすべき違法はない。

(1) およそ、行政処分の無効原因となる重大・明白な違法とは、処分要件の存在を肯定する処分庁の認定に重大・明白な誤認があると認められる場合をいい(最判昭三四・九・二二民集一三巻一一号一四三〇頁)、これを実体上の要件(本件の場合は所得の多寡)を具備するかどうかの判断の内容に誤りがあるかどうかの点に限っていえば、その誤りが法律の重視する要件についての誤りというだけでは足りず、その認定の誤りが処分成立の当初から客観的に明白であることを要する。しかるに、所得金額の認定にあたってはこのような重大・明白なかしを帯びる処分はいずれの場合も存在しないものといわねばならない。即ち、一定の事業主体が経済活動を遂行している以上、所得(まれに損失)の発生することは自明であり、従ってこの者に所得ありと推認することは何人によっても肯認されるのみならず、この所得たるやそれ自体が事実として存在するものではなく、これを組成する収入、収益もしくは経費等によって算出されるものであって、これらの事実の暦年にわたる生起を調査して始めて所得が確定されるものであるからである。従って、所得金額の多寡についての誤認は到底重大・明白なかしとはいえないのである(最判昭三三・六・一四訟務月報四巻一号一九八頁、仙台高判昭三五・四・一一訟務月報六巻五号二五七頁参照)。

(2) しかして、原告は本件課税年度たる昭和二二年中に、玄麦の委託加工と政府砂糖の保管をも業としていてこれらから生ずる収益があったほか、いわゆる闇取引として小麦粉二二瓩入り計六四二袋を一袋につき八〇〇円の割合で売却し、五一万三、六〇〇円を下らない簿外の収益をあげているのである。従って、本件課税処分には、なおさら、無効原因たる重大・明白なかしは存しないというべきである。

(3) 本件課税処分には、その理由ないし根拠を明示していないが、当時施行の所得税法にはこれを明示すべき(いわゆる理由付記)旨を規制した規定は存在しなかったのである(昭和二五年法律第七一号所得税法によって始めて青色申告書の更正および審査請求の裁決の際に記載すべきことが規定された)から、これをもって処分が無効となるいわれはない。

二、かりに原告が納付税金の還付請求権を有していて、これを民法上の不当利得返還請求権と解し、その消滅時効期間が一〇年であるとしても、その起算日は権利を行使しうる時であるから、本件においては原告が本件所得税を納付した日である。従って、遅くとも昭和二四年初めからその期間が進行し、昭和三三年の経過により右不当利得返還請求権は時効により消滅したものである(大判昭一二・九・一七民集一六巻一四三五頁参照)。

(新証拠)

「被告」 乙二号証の一ないし四、三号証の一ないし三、四、五号証、六号証の一・二を提出。

「原告」 右乙号各証の成立を認。

理由

一、当裁判所も、原判決理由一に掲記の各証拠により同所記載のとおりの事実を認めるものである。成立に争いのない乙四号証中に、「一〇万九、九三四円に減額訂正された」とあるのは、甲一号証記載の「差引年税額」を指しているものと認められるから、右認定と矛盾するものではない。右認定事実によると、和歌山税務署長のした本件再調査決定は、原更正決定を一部取消すいわゆる減額訂正処分であって、独立の課税処分ではなく、右更正処分と一体をなすものであると解し、従って、原告の昭和二二年度の所得に対する課税は、当初総所得金額を六〇万円とした更正決定を再調査決定名義の減額訂正処分により総所得金額を二〇万円に減額するという形式で決定されたものと認め、また、原告の本件再調査決定の無効を理由とする本訴金員返還請求の趣旨には、右の如き形式の課税処分の無効を理由として納付済み税金の返還を請求する趣旨を含むものと解するのであって、その各理由は、いずれも原判決記載の理由(三の(二)および四の(二)と(1))同一である。

二  そこで進んで、和歌山税務署長のした右課税処分(本件再調査決定により減額された更正決定)の効力の有無につき検討する。

(一)  成立に争いのない乙二号証の一ないし四、乙五号証、乙六号証の一、二、証人太田清一の証言により成立を認める甲第七号証に同証人および証人山本盛一郎の各証言ならびに原告本人尋問の結果を総合すると、

(1)  原告は、和歌山市友田町三丁目一四番地の住所兼事業所において、昭和二〇年頃に父から家業を受継ぎ、東和製粉工場と称して製粉業を営んでいたが、昭和二二年当時は政府の指定工場として政府から委託を受けた輸入小麦等の製粉加工を主たる営業とし、かたわら、やはり政府の指定を受けて政府砂糖の保管も業としていた。

(2)  原告の昭和二二年一月ないし九月分の政府委託による製粉加工賃等のみによる収支は、収入額二九万三、五二七円三三銭、支出額二八万三、〇七三円三七銭であった。

(3)  原告は昭和二三年三月末頃、前記政府から委託を受けて製粉した輸入小麦粉を業務上保管中に横領して、これを統制額を超えた代金で他へ売却したとして取調べを受けて起訴された結果、同年五月二二日一審判決を経て、昭和二五年一一月四日大阪高等裁判所において、原告は昭和二二年三月から同年七月までの間に、山下勇次郎に対し小麦粉二二瓩入り約五一三袋を、日東紡績株式会社海南工場に対し同小麦粉一三〇袋をいずれも一袋につき、袋代を別として七九円七〇銭の統制額を超えた八〇〇円の代金で売渡したものと認定されて、懲役一年および罰金二〇万円の刑に処せられ、右裁判は翌二六年三月一三日最高裁判所の上告棄却の決定により確定した。

ことが認められ、他にこれを左右できる証拠はない。

(二)  以上の事実によると、原告は、昭和二二年中に、政府委託の製粉加工等による前示収支があったほか、政府委託の砂糖保管による収入もあったものと認められるのみならず、このほかに、いわゆる闇取引として、小麦粉二二瓩入り約六四三袋を一袋八〇〇円(統制価額の約一〇倍)で他へ売渡し、その代金約五一万四、四〇〇円の収入をも得たものと認められる。

右認定の収入があったのに拘らず原告の同年度の総所得金額が二〇万円に達しなかったことを認めるに足るような証拠がないから、和歌山税務署長のした前示総所得金額を二〇万円とする本件更正処分には、実体上において違法のかしがあるということができない。

(三)  本件更正処分には、原決定および再調査決定とも、その更正すべき理由・根拠が示されていないけれども、その当時の法令によっては、右いわゆる理由付記は要求されていなかった(昭和二五年法律第七一号所得税法において始めて規定された)のであるから、これを欠くからといって右処分を違法と解することはできない。

三、以上によると、本件課税処分は、実体上にも形式上にも違法のかしがないから、これが無効であることを前提とする、原告の納付済み税金の返還を求める請求は、その余の争点につき判断を加えるまでもなく、理由がないものとして棄却すべきである。

よって、原判決中原告の右請求を認容した部分は失当であるから、これを取消して、右請求を棄却することとし、民訴法八九条、九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 乾久治 裁判官 前田覚郎 裁判官 新居康志)

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